鏡リュウジ|エロスと争い 占星術への愛と敵意
神話において「エロス」は始原の存在であると同時に愛(アフロディーテ)の息子であることから愛そのものでもあります。確かに愛は四元を結びつけ(エンペドクレス)、この世界の森羅万象を結びつける魔術師です(フィチーノ)。その一方で愛は争いや敵意の源でもありませんか。トロイア戦争は「愛」(アフロディーテ)を選んだパリスの選択によって引き起こされました。エロスを愛したプシュケ姫は姉たちの嫉妬を一身に受けます。なにより、アフロディーテ(金星)の愛人は戦いのアレス(火星)なのです。結婚のハウスが「公の敵」のハウスでもあることを占星術家は思い出さなければなりません。 占星術への愛もまた、争いを生み出しています。一つは外部からの占星術への敵意と攻撃。そしてもう一つは占星術世界の内なる争い。歴史的に占星術は古代から21世紀の現代までさまざまな批判を受けてきました。さらに僕たちのコミュニティを考えてみましょう。僕たちの世界はゴシップと論争に満ちています。僕たちは自分たちの愛するものを、そして「真理」を守ろうとするために小さな戦争を起こしているのです。アレスがアフロディーテの恋人である以上、それは当然のことでしょう。愛するが故に人は争うことをやめられません。憎悪は愛のパートナーなのですから。そしてその争いは否認しようとするほどに激しさを増すでしょう。洋の東西を問わず、人々からの敬意を得られなかった神々は荒らぶるものとなります。この短いトークでは、歴史的に「占星術への愛」あるいは「真理への愛」がどのようなかたちで占星術への、そして占星術内部での敵意と争いを生み出してきたのかを振り返り、ほんの少し、それを意識化していく試みをして見たいと思います。それはオリンポスの神々の中で蔑ろにされてきたアレスへのささやかな献納になるかもしれません。
